一言法話:第五十八話
11 分前
読了時間: 2分
今回は私が考えているのもではなく、勉強したものを引用して私が間違えて捉えていたものに関する事を綴ります。
私は今まで言葉は発した人より受け取った人がどう思うかが一番だ。
と思っていました。
先日勉強させていただいたのは「空気」です酸素の事ではなくて「場の空気」です。
まさに「空気を読む」です。
結論は「空気の中には沢山意味がある」です。
即ち会話中考えないといけない。
例えば返答に「ちょっと」と答えると無理とか考えるけど難しいとなりますが、英語だと「ノー」で日本語のニュアンスは辞書には書けない「空気を感じる」が大切です。
これは専門用語で「高文脈文化」と言われ会話の意図を把握できるか聞き手の責任。
それに対して英語は「低文脈文化」で話を相手に伝えられないのは話し手の責任とかんがえます。
日本人は不安要素が強く相手が何を考えているか気になる。
そして「仕方ない」は諦めよりも受け入れるが近い。
また日本語の一人称が多いのに使わない。
でもカタカナになると多用する「我が家」といえば言葉強く感じますが、「マイホーム」と言えば優しく感じる。
ここは現代語の面白いところです。
これは国土も関係してそこからできた文化だから集団を重んじて社会で生きる為には空気を読まないといけない他人を意識しないと生きていけないです。
それによって自分が誰かに必要とされる事が幸福と感じる。
とのことです。
よく仏教で使われる「ご縁」って言葉は変換出来なくて「ご縁」を感じた事を表した言葉だそうです。
まだまだ勉強が足りないと感じました。



コメント