一言法話:第四十八話
- 密寺 満願
- 1月1日
- 読了時間: 2分
令和八年は丙午です。
丙と馬が重なるのは六十年に一度。
すなわち前回は昭和四十一年です。
拙僧は一つ下になるので数え歳では還暦で、まん年齢では五十台最後の年になります。
私たちの世代は現代とは違い割と子供が多い世代です。
私ら世代の親の世代は戦前戦中戦後直ぐです。
なので昔ながらの風習は今より多く残っていました。
そんな事で一つ上にあたる世代は私たちより少なかったです。
どんどん少子化は進んでいるので来年は「輪をかけて」とはならないと思いますが残念ながら増える事はないとおまいます。
今も昔も「今の若者は」と言われ続けております。
私が「今の若者は」と言う世代になりました。
現に同世代の人と「平成うまれは」と会話することありますが、しかし、これは世代より個人の問題で若くてもしっかり責任をもって行動しいてる人も多く私の先輩世代でも「どうなっている?」って方も多く身体的に老化するのは仕方ないですが、考え行動は若者の手本になる。
という気持ちでいて欲しいものです。
先般も宅配業者から電話あって「午前中の配達が無理ですすみません。何時なら大丈夫ですか?」と問い合わせがあって「夕方以降なら」と答えて待っていましたが、二十時になるので電話したら「もう着きます」と言われたので待ちました。個人的にはこちらは急いでいなにので明日でい良い。
とかんがえましたが近くならと思い待ちました。
荷を受け取る時何度も詫びを言われ帰る際もきちんと挨拶されて帰られました。
忙しい時期だからとこちらとしては考えていました。
丁寧にご挨拶されたら此方が申し訳ない感じでした。
そんな事もあれば最近の記事で「いただきます」問題を読んで悲しい気分になりました。
「いただきます」問題とは、学校給食でいただきます。
を辞めて欲しいと要望があり理由としては、給食費払っているから。とか宗教的問題?など、あと外食している時支払いするので親がいただきます。を言わなくてもいい。と教育している。などじとそれぞれ考えや思いがあるのも理解しておりますが、「いただきます」を誰に向けて言っているかと言えば食材になった命にむけて感謝しているのであって、「御馳走されているのではないから」ははき違えていると思います。宗教者としては教化が足りてない現れです。
新年を迎えて、まだまだ教化努力しないと思います。




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